無題

友達が何度目かわからない自殺をした。わたしでは彼女の絶望をどうにかしてあげることも幸せにしてあげることもできないのは前からわかっている。もし本当に死んでしまっていたら、それはあらゆる苦しみから解放された救いでもあると思うし、まだ生きていたらまた遊びに行きたいと思う。彼女の決行する直前に書いたnoteを読んだ。詳しくは割愛するが、楽しいイコール幸せではないというのは、わたしも常々感じていたところだった。
ともかく私にできることはない。昼頃に軽くodをして、起きたら夕方だった。部屋に身に覚えのないカップ麺の残骸やリプライの形跡が残っていて怖かった。

私の絵で頑張ることができたなんて言葉をもらってしまった。わたしにも生きている価値はあるのかもしれない。今も風呂に入れず酒を飲んでいるけども。
友達が自殺をやっても私は生きないといけない。私の生活をやらないといけない。まずは風呂に入るところから。