人生で4度目のクビを食らった時、もう私は普通に働けないんだとはっきりわかった。
はじめは鬱病だけだったのが、睡眠障害が重なり、入眠できても中途覚醒してしまう、そこから二度寝や昼寝をしてしまって出勤できない、という状態になってしまった。
何度も一般就労をしようと試みたが、抑うつや薬の副作用で勤怠を守れないことが2年くらい続いた。
3度目に仕事をクビになった時、フルタイム労働を完全に諦めて、急いで診断書を取って自立支援と障害者手帳の申請をした。
そこから近所の和菓子屋でアルバイトを始めるも、以下略。
金銭管理もできず、クレカや銀行から借りたお金は取り返しのつかない額になってしまった。
障害年金も交付要件すら満たせなかった。
初心二十歳(大学生)だったのに対して、年金の学生特例納付の申請が間に合っていなかったのが理由だ。
当時の私は年金制度について何にもしらず、まさか障害年金を取る未来なんて考えていなかったし、この時はかなり絶望した。
親は金銭面の援助を一切してくれなかった。
そこからできる限りの支援団体やNPO、信頼できる有識者の方などに相談して、それでも早急にお金を工面する方法には辿り着けなくて、自殺を考えて朝からかかりつけの病院に電話をかけて、泣きながら生活保護の相談をしに行った日もあった。
私は実家暮らしのため、世帯を分けなければ生活保護が受けられない状況だった。役所でシェルター、無料宿泊所、市営住宅などの説明を聞いた上で、最終的に障害者グループホームに移って、生活保護申請をして、自己破産をしようということになった。
それでもグループホームというのはすぐに入れるものではなくて、認定調査というものを受けてから(2時間くらい質問攻めにされた)2〜3ヶ月経ってやっと本入居ができるようになるとのことだった。
私が認定調査を受けたのは8月末だった。
その間もお金は足らず、払えていないクレカなどの督促が来まくり、とうとう親がブチ切れた。
お前の鬱病は仮病だ、臭くて汚くているだけで不快だ、(私はお風呂に入るのが苦手だ)みんなつらいんだ、死ねばいい、いろんなことを言われた。グループホームに入って生活を立て直すと言ってもできるわけないだろの一蹴で、話にならなかった。
その会話の直後に大泣きしながら支援団体と近所に住む友人に電話をした。
この日はグループホームの見学の日でもあった。
そして、私は今友人と友人のお母様のご好意で家出をしている。
安全は手に入ったが、やはりお金がどうにもならなかった。
前述したとおり私は一般就労が難しい。
2度とやらないと思っていたキャバクラで働く覚悟を決めた。
実は私は過去にもガールズバーで働いていたことがある。
でもそれもそれ以外に必要なお金を得る方法がわからなかったからで、望んでやったことじゃなかった。
私はバリバリのラディカルフェミニストだ。反性売買だ。
その魂はもちろん変わっていない。
でも、あらゆる福祉や支援団体に頼って、それでも夜職に戻る選択肢しか選べなかった。
それが悔しくて、悲しくて、やるせなくて、障害年金を受給している人や、親に支援してもらえている障害者の人が羨ましくて、惨めになる。
同時に、性売買を望んでやる女なんていないということを、私の身体をもって声を大にして言いたい。
そして、まだまだ弱い女が性売買をせざるをえない社会構造なのだということを強く訴えたい。
今日の夜、また体入へ行く。
今願うのは、マシな店であることと、グループホームに入るまでの繋ぎのお金を無事に稼げるようにということだけだ。

